あるメンズクロージングショップで企画をしていた沖坂氏と知り合ったのは、もう8年位前になります。当時渋谷にあったその店は、1930年代という時代にスポットをあてた紳士服のスタイルを展開しており、それまでの私の紳士服に関する知識を越えた世界に、それは驚いたものでした。現在氏はその会社を辞め、新たな注文紳士服のブランド「SAVOY dressmaker」を立ち上げました。ここではそのスーツのサンプル版を皆様にご紹介したいと思います。

氏が今回新たにスーツを創るにあたって念頭においたことは、"紳士服本来の姿"。それは今までの様々な制約や条件がある中で如何に本格的なものを創るかという活動に対し、環境的な条件や限界、そして領域がとりはらわれた全く自由な状況下であるからこそ出来うる物理的技術的試みであり、そしてコンセプト的な試みでもあるともいえます。紳士服の様式が完成を遂げたと言われる1930年代。それ以降、紳士服はディティールや仕様に時代時代の細かい変化を経て現代に至りました。その変遷を踏まえた上で、いまいちど"紳士服本来の姿"とは何か?それに対するひとつの回答を指し示しているのが今回のスーツなのかもしれません。正統な伝統の継承。紳士服本来の普遍的原則、普遍的仕様の踏襲。外見の印象に大きな影響を与える隠れた部分の"つくり"へのこだわり。そして紳士が装うに足る"艶"や"薫り"を漂わせる服。"本物の紳士服"、"本当の紳士服"、そうしたものがこのサンプル版から見えてくる、そんな気配を感じさせるものとなっています。それでは噂の件のスーツ、たんとご堪能くださいませ。

  
まずはトルソに着せた全体の画像。今回サンプル版として作られたのは、シングルブレステッド・ピークドラペル3ツ釦のスリーピース。製作にあたってパターンは氏と長年のつきあいになる業界のあるカッターに依頼して新たにおこし、そして縫製は全ての工程を手縫いでできる職人に依頼する、という手間隙のかかったものになっています。カチッとしたショルダーライン〜抑揚の効いたウエストライン、適度にゆったりとしたゆとりを持ちながらストンと下まで下りたトラウザーズのライン。昔ながらの紳士服のシルエットを踏襲した正統派で端正な雰囲気でありながらも、どこかしら独特の艶がブレンドされた薫りも漂う、素敵な一着が出来上がりました。ちなみに今回氏と出会った手縫いの職人は、15歳のときからこの道に入った超ベテランの方。氏のようなこだわりぬいた指示やオーダーに対し、いぶし銀ともいえる仕立技で喜んで腕を揮ってくれています。


今回ご紹介のサンプル版の生地は英国DORMEUIL社のデッドストック生地。グレー地にブルーとホワイトのオルターネイト・ストライプの生地は、ザラッとしたシャリ感と独特の重み、そしてシッカリとしたコシがあり、美しく仕上がったシルエットを長く型くずれさせないかのような安心感を着る人に感じさせます。ヴィンテージのスーツのように、大事に着ていけば今後長きにわたってつきあっていける、そんな風格を漂わせた一着です。軽くて柔らかいことが至上主義となっているかのような現代の紳士服のトレンドとはかけはなれた、質実剛健な生地のチョイスです。ちなみにこの生地は、一着分のみしかストックがなかったとのこと。


今回のスーツの上衣は、シングルブレステッド3ツ釦という、よりクラシックで正統な雰囲気の漂うスタイルを採用。注目すべきはウエストのシェイプ。手作業でいせ込んで縫い上げていくため、これだけの形を出すことに成功しています。往年のヴィンテージスーツのようなくびれ方は、好きな方には堪らないシルエットです。まるで瓢箪のようなこのライン、まさしく人間の身体に沿った「Body & Fit」を具現化しています。そしてボタンホールは全て手縫いでかがってあるため、非常に美しい縁に仕上がっています。


後ろからの画像。ここでもウエストの素晴らしいシェイプが判ります。
シュッとウエスト部でくびれ、ヒップに沿ってピッタリと流れるシルエットが実にエレガントです。


バストアップ画像。美しいラインの肩線。袖付けはセミロープドショルダーに。


襟は30年代スタイルではお馴染みのピークドラペル。
適度なボリューム感をもったラペルは、艶っぽさと端正さの
バランスが絶妙にうまくとれた雰囲気にまとまっています。


襟のフラワーホールは手かがりの本開き仕様。特筆すべきは、襟の芯地がフラワーホールの淵から出ないように縫い代を逃げて作ってあることです。氏の細かいこだわりがこうした部分にも出ています。往年の紳士のように、ちょっと花を挿したり、またポケット・ウォッチのチェーンを通して胸ポケットに入れる、と洒落込むのも一興です。


ジャケットの下にはウエストコート。上着の裏地はあえてお台場仕様にはせず、シンプルに仕上げています。当時の英国のビスポークスーツもこうしたシンプルな切り替えしのものが意外と多く、逆にリアリティを感じさせられるつくりです。お台場仕上げ用の機械が既に広まり、その仕様のアイデンティティ(=手作りであること)がなくなりつつある現代においては、フルハンドでありながらもあえてこうした仕様にするところに氏の隠れたこだわりを見る思いがします。


トラウザーズは昔ながらのハイバック仕様のブレイシーズタイプ。
股上の深いスタイルは、往年のオールドスタイルそのものです。
手縫いでいせ込んで縫われるため、幅が太めでもさほど太く見えず、
かつ歩いたときのドレープ感が実にエレガントです。


フロントはツーインタック。右側にフラップ付きポケット。前立てはボタンフライフロント仕様です。


今回のスーツは一人一人採寸した上で仕上げるため、
あえてサイドアジャスターなしの仕様にしています。
これもヴィンテージのスーツに多く見かけるパターンです。


フロントからバックにかけてはややスラントした作りで、バックから見るとかなりハイウエストになっています。バック上部センター部分にはV字のスリットが入り、左側部分にフラップ付きポケットが付けられます。バック中央にかけて斜めに昇っていくシルエットにあわせてポケットフラップも斜めに付けられているところが心憎いこだわりの仕様です。


画像は1930年代に当時のアパレルショップやテーラー向けに流通していた、業界向けのカタログ本のある号に載っていた写真です。強く浮き出たウエストシェイプ、そして人体に沿った波打つような美しいシルエット。今回ご紹介のスーツの雰囲気と非常に似た雰囲気を漂わせています。ホンブルグ、パンチドキャップトゥ、アンブレラにグラヴという、超英国紳士然とした合わせ方は、正統なスタイルには徹底的に正統派のアイテムであわせるべきである、という主張が滲み出ているかのような装いです。ここまでいくと正統も端正のレベルを越えてやはりダンディ、いやバサラと呼ぶべきレベルまでいきます。












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