今回のスーツは、カントリーテイスト溢れるツイードのスリーピース・スーツである。
この一着は沖坂氏が SAVOY dressmaker を立ち上げる遥か以前、
Draper's Bench に在籍の頃から私が希望していた一着であった。


左のイラストは、1930年代のEsquire誌を飾っていたLaurence Fellowsの手による有名なイラスト。個人的にはFellowsのイラストの中でも特に好きなもののひとつでもあるこのイラストは、今では絶版となっているRizzoli社の「Men in Style」の表紙を飾っていたイラストとしても有名である。マナーハウスの一室か、はたまたシティにある事務所の一室か、二人の寛ぐ紳士が描かれている。奥の紳士はダブルブレステッドのスーツに身を包み、スコッチか何かを飲ろうとしている。メインとなる手前の紳士は、ざっくりとしたヘリンボーンツイードのスーツ姿で、釣り竿の手入れに余念がない。ジャケットの下にはグレイのVネックニット、シャツは細かいチェックに、クラバットは無地のネイビー。胸元には恐らく動物の意匠ではないかと思われるタイピンが刺されている。ソックスは細かいネイヴィのボーダー柄で、スーツに柄物のソックスはなかなかあわせない現代においては、にわかに凡人が実践するのは難しい「洒落」と「野暮」のギリギリの境界をいく合わせ方である。そして足元には極め付きともいえる、クロコダイルと思しきストレート・チップ。カントリー嗜好でありながら、絶妙な洒落感が醸し出される装い。私は沖坂氏がドレープに在籍時の頃から、「いつかいい生地が出てきたら、Fellowsのこのイラストのようなヘリンボーンツイードのスーツを誂えてほしい」と希望していた。氏がドレープを退社され、まだ「 SAVOY dressmaker」 始動に至る準備期間のある年の冬の雪の日、氏から電話があり、「以前おっしゃっていたヘリンボーンツイードのいい生地が見つかりました。色目はイラストよりももっと明るい色味ですが、絶対にいいからお勧めします」との知らせ。年末の雪の中、どうしてもその生地を拝見したくなった私は、雪の中、氏と会っていただきスワッチを拝見させていただいた。今回のスーツはそんなエピソードと思いが交錯した、個人的にも思い入れのあるスーツである。
 


沖坂氏が見つけ出したデッドストックのヘリンボーンツイードの生地。ざっくりとした質感はラフで、英国の田舎を感じさせる素朴な印象のもの。軽くて軟らかくて着心地のいい生地を志向する現代の多くのテーラーでは、にわかには使いたがらないであろうと思われる質感である。一方それでいてかなり明るめのライトグレイの色がなんともファンシーなニュアンスをも感じさせるもので、見た瞬間に即決の生地であった。ラベルには「Scottish Piper」とあり、ロゴ横にはバグパイプを携えたスコットランドの伝統衣装の男性の絵があしらわれた、可愛らしいラベル。スコットランド製を示す「WOVEN IN SCOTLAND」の表記が誇らしい。


  
仕様はスリーピース、ピークドラペルのシングルブレステッド三ツ釦。
つくりは毛芯から手作りによる、フルオーダーのもの。



 
正面からのプロポーション。ボタンを掛けた画像と、外した画像。
沖坂氏は釦をアイボリーの色味で選択してきた。


ウエストコート。
今回のウエストコートは、下部ポケットにフラップが付けられている。
これは沖坂氏からの提案によるもので、カントリーテイストを意識してのようである。
注目はこのフラップの形状。ウエストコートの前身頃の裾は、トラウザーズにあわせてバックにむかってせりあがっていくラインを描いているが、ポケットフラップのラインもこれにあわせ、ググッと斜めのラインを描いている。フラップと裾の醸し出す二本の流れるようなラインが、30年代の客船や飛行機、大陸横断鉄道に見られたような、アールデコのストリームライン(≒流線形)のデザイントレンドを感じさせるかのような美しいラインである。


ショルダーライン〜ウエストへのアプローチライン。


バストアップ画像。
シャツは白のレギュラーカラーをチョイスしてみた。
クラバットはニートな雰囲気を意識し、赤ベースのチェック柄のものをあわせてみた。
カントリー嗜好のスーツということで、クラバットには馬の意匠があしらわれたクラバットチェーンをあしらった。胸元ポケットのチーフは釦の色とリレーションしてベージュ系のものをパフド・スタイルで。今回は小物で万年筆も挿してみた。万年筆は今は絶版となっている、MONTBLANCのマイスターシュテック144。


前釦を開けた状態でのアングルと全身画像。
映画にもなった名馬「シービスケット」が活躍した、
アメリカはサンタ・アニタ競馬場へ赴いた往年の紳士といった気分か。





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