沖坂秀樹氏の思い出

                                             ぐっどうっど


 私が沖坂秀樹氏の企画された服に初めて心惹かれたのは,
今から二十年位前、私がまだ学生のときでした。

 当時私は渋谷のデパートのいわゆるトラッド売り場でベイカーストリート(ベイカー)の服に他とは違う端正さ、美しさを感じていました。

 その後、新宿のファッションビルでドレーパーズベンチ(ドレープ)の服に出会い、ベイカーストリート以上に心を奪われました。

スーツもタイもシャツも、癖は強いが、上品で美しい。

 私はあっという間にここの服に魅了されてしまいました。
学生の頃はアルバイト代を貯めてはドレープのスーツを購入し、社会人になると、シャツ、小物、別注の靴、と更にここのアイテムが私のワードローブを占めるようになりました。
当時購入したスーツの中には今でも袖を通しているものもあります。

 ドレープの売り場に通うようになってから半年ほど過ぎた頃、販売担当の方から「企画の責任者」と紹介されたのが沖坂氏との初めての出会いでした。
 ヴィンテージのスーツ姿の沖坂氏は近寄り難い雰囲気はありましたが私がとてもドレープの服をとても気に入っていることをお伝えすると、笑顔を浮かべてお礼を言ってくださいました。

 沖坂氏と知り合ってしばらく経った頃、実は氏はベイカーからドレープに移籍された方だったことを知り、私が魅了された服はベイカーのものもドレープのものも、他でもない沖坂氏の企画によるものであったことが判りました。

つまり、私は氏と直接知り合う以前から氏の感性に惹かれていたのです。

 ドレープの売り場がファッションビルから路面店に移ってからは、沖坂氏とお店で頻繁にお話をする機会が増えました。そのうち、沖坂氏としばしば食事をご一緒させていただくようになりました。

 私が「こういうのが着てみたいんです」と話すと沖坂氏はずっと憶えててくださり、半年後、一年後に製品にしてくださったことも何度もありました。

 沖坂氏の服、スーツを着ていると特に外国の方には受けがよく、国内でも、外国でも"How elegant you are!"、"Elegantza!"と(中身の人間は上品ではないのですが)褒められたことは数え切れません。外交官ナンバーのついた車が私の脇で急停車して中のご婦人が私が着ていたスーツのことを褒めまくり写真を撮られたこともありました。

 ただ、これらは私がまだ未熟ゆえに、服が前面に出てしまい起こったことでしょう。私の着こなしがまだまだということです。沖坂氏の服をこれからも大切に手入れしつつずっと着続け、またいろいろな面で成長していき、更に上手く着こなせるようになりたいと思います。

 氏が独立後に造ってくださったスーツは、私が仕事で出会った外国の方々も、「これを日本人が日本国内で縫ったとはすばらしい」と賞賛していました。

 沖坂氏の服、そして感性に心底、惚れ込んだ者がここにも一人おります。

 沖坂氏からは服のみならず、私のこれまでの人生に多大な良い影響を与えていただきました。どうもありがとうございました。

 沖坂さん、ゆっくりお休みください。




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