Classic Weekend in HAKONE ◆
(30th September 2006)




◆Chapter 3.

第2日目−2

ラリック美術館 A



 
ラリック美術館の特筆すべき展示物のひとつとして、オリエント急行のサロンカーの展示というのがある。ラリックはこの車両内の壁にガラス装飾作品を提供していた。
これは実際に使われていたオリエント急行「Cote D'azur」(=コート・ダ・ジュール)号のサロンカーをそのまま持ってきてしまうというシンプルかつ大胆な企画展示。なんでもこの車両、わざわざ英国から日本まで移動させるのも大変だったのは当然のこと、更に勾配の急な箱根の山道を交通量の少ない深夜に無休で大型トラックで運んだというもので、途中牽引のトラックがオーバーヒートしてしまい、近くのマンションから水を補給させていただいたというトピックもある。そしてこの美術館の建物自体もこの車両が到着してからその周りを囲むようにして建築していったというから、まさしく一大プロジェクトといえる。歴史的・美的価値の高い素晴らしいものを保存し、多くの人々の目に触れるように考えられたこの美術館の経営者の方は、まさしく現代における芸術文化のパトロンと言える。

アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」でも有名なこの列車。ラリックはこの鉄道会社ワゴン・リ社の依頼により、この車両内の壁面にガラス作品を提供していた。「彫像と葡萄」と名づけられたこの作品は、ギリシャ神話に出てくるバッカスという葡萄酒の神に仕えた巫女達が葡萄を手にとり戯れる姿が表現されている。柔らかく自然光が反射する工夫を、モチーフである美しい巫女たちの肢体の表現と共に凝らされたこの作品は乗客の旅のくつろぎのひとときをあたたかく包み込んだに違いない。この美術館では予約制でこのサロンカーに入ってお茶とケーキを食しながら、ラリックの装飾を見学しつつキュレーター(学芸員)によるガイダンスを聞くという粋なプランを用意している。エルキュール・ポアロになったかのような気分で過ごす優雅なひととき。これは是非とも興味のある方には行っていただきたい企画展示である。


他にもこの美術館にはクラシック・カー好きが唸るような素晴らしい展示が用意されている。敷地内に極上のコンディションで保存・展示されている2台のヴィンテージ・ブガッティ。この車を見るだけでも垂涎ものなのですが、実はこれにもラリックの作品が展示されているコーナーなのである。
それは車の前部のラジエーターキャップに据えられた「カーマスコット」と呼ばれるもの。当時急速に発展していた交通手段である自動車。それでもまだまだ一部の富裕層や特権階級のみのものであった自動車に、オーナー達は自らのステイタスやセンスを象徴するシンボルとして、様々なモチーフのカーマスコットを取り付けるようになった。そもそもこのカーマスコット、19世紀末に英国のモンタギュー卿が、船の船首に据えられた航海の安全を祈念するフィギュア・ヘッド(船首像)になぞらえて交通の安全の祈念して据えたのが始まりだったといわれている。

ラリックもこうした富裕層からの「酔狂な」嗜好を触発、刺激する作品を提供していた。従来金属製が主流であったこのアイテムを、なんと彼は自らの得意分野であった「ガラス」で制作したのである。既に当時ガラス作家としてのラリックの名声は高かったとはいえ、この分野にあえて「ガラス」で臨んだと言うその姿勢には、ただただ驚かされるばかりである。70年経った現代の私達にも斬新な驚きを感じさせる企みである。当時のアウトドア・アクティブ・レジャーの代表ともいえたモータリゼーション。その自動車の最先端部に、繊細で華奢なラリックのガラス作品が鎮座している、という究極の贅沢。それは、その嗜好、行為自体が、ある意味無謀でバサラにも見え、そのはかなくて危険な取り合わせに「滅びの美学」さえも感じてしまうのは私だけではないだろう。一方で当時の時代背景を思えば、第一次世界大戦という辛い時代を脱したばかりの、失われた時間を取り戻したいかのような乱痴気騒ぎが謳歌されたroaling20's30'sともいわれた時代。服飾や宝飾で豪華絢爛に装って毎夜開かれたパーティー。そうした時代の人々の「気分」を最も象徴したアイテムなのではないかと思える。

形、そしてカラーリングといい、素晴らしい車。

女性も車も、美しい後姿に惹かれてしまうのは、不思議なものである。

オープンカー。
当時のオーナーは彼女と犬でも連れて
郊外の、あるいはもしかしたら自分の所有する広大な敷地内の、
見晴らしのいい野原にでもピクニックに出かけたのだろうか。


こちらの後姿も素晴らしい。余談だが、ヒッチコックの「スキン・ゲーム」という貴族の末裔と当時台頭し始めていた工業会社の社長が土地の利権をめぐって騙し合い(スキン・ゲーム)をするという映画があったのだが、その中に出てくる青年がこんなスタイルのオープンカーを駆り、馬で移動していた彼女と道端で会話をするというシーンがあった。まさにそんな世界をこの車は当時現実に見ていたのだろう。





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